仁丹(じんたん)

仁丹トピックス《No.006》「仁丹」の
名付け親と通天閣

  •  「仁丹」。この商品名は、どのようにして決まったのがご存じでしょうか。
    森下仁丹の創業者である森下博は、新たな丸薬をつくるにあたって、まず名前を考えることから始めました。いかに短い言葉で、印象的な商品名をつけ、それを世の中に流布させるか。どんな品質のいい商品であっても、人々が気付かず、手に取ることもなければどうしようもない…と。

    博が台湾でそのヒントを得た丸薬にも使われていた「丹」の字は、迷うことなく決まりましたが、さて、その「丹」につける頭の文字はどうするか。
    思い悩んだ博は、以前から親交のあった、漢学者の藤沢南岳や、朝日新聞論説委員だった西村天囚のもとに通い、相談しました。そこで、儒教の教えの根幹であり、「仁儀礼智信」の五常の首字である「仁」はどうかとアドバイスされた博は、二人に篤く礼を述べ、日を経ず役所に赴いて「仁丹」の登録商標を申請したのです。それはまさに仁丹発売の5年前、1900(明治33)年のことでした。こうして、後に社名にもなる「仁丹」という名がここに誕生したのです。
            
     ちなみに、「仁丹」の名付け親の一人となった藤沢南岳は、後に「通天閣」の名付け親にもなりました。その通天閣と同じく大阪に生まれ、いつの時代も世界中に愛されるシンボルとして、これからも「仁丹」は長く皆様の心に残る存在でありたいと思います。
    参考:生薬の「仁丹」生誕100年記念委員会発行 仁丹物語

    ※掲載の広告は森下仁丹の歴史に基づいて記載したものであり、現行製品のものではありません。

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